座喜味グスク

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座喜味グスク

データ

グスク名 座喜味グスク
読み ざきみぐすく
別名 読谷山グスク
所在地 中頭郡読谷村座喜味
現況
築造年代 15世紀頃
築造者 護佐丸
主な城主 護佐丸
種別 居城
構造物 城壁、城門、拝所、郭、石碑、説明板

記録

初回探訪年月日 2007/5\2
最終探訪年月日 2009/4/4
満足度(A-G) A グスク自体の規模は大きくありませんが、整備保存されている城壁は見ものです。
過去の記述
所在地 中頭郡読谷村座喜味
分類 居城
築造年代 15世紀始め頃
築造者 護佐丸
主な城主 護佐丸

中山の北山討伐の際に功績を上げた読谷山按司護佐丸が築いたグスクです。
北山討伐の後、今帰仁グスクにて北山監守を務めます。
その間に代々の居城であった山田グスクに替わる居城として座喜味グスクを築いています。
その際には山田グスクから石を運んて用材としてと云い伝えられていますが、実際のところは不明です。
1422年尚巴志王が新たに世子の尚忠を北山監守に任じたため、護佐丸は座喜味城に移ります。
しかし1440年頃、勝連按司阿麻和利に対する備えとして中城に移封されています。
護佐丸が中城へ移った後は座喜味按司と呼ばれる按司が居していたと云われています。

概要

座喜味グスクは座喜味集落北、標高127mの丘陵上に築かれたグスクです。
切石積みの城壁と二つの郭、アーチ門からなるグスクで、国指定史跡で世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つです。

歴史、伝承

築造まで

このグスクは読谷山按司護佐丸によって築かれたのだそうです。
1416年、護佐丸は第一尚氏による北山討伐の際に功績を上げ、北山滅亡後は今帰仁グスク城主に任じられます。
今帰仁グスクでの任にあった頃、護佐丸は北山の支配下にあった奄美諸島から人夫を駆り出して、自らの旧城である山田グスクから用材として石を運ばせるなどして、築城を進めていたと云われています。
1422年、尚巴志王が世子の尚忠を正式な北山監守に任じたため、護佐丸は座喜味グスクに移ったと考えることも出来ます。
しかしグスクが完成した時期は定かでは無く、1430年代には移っていたと見られているようですが1)沖縄の名城を歩く P89護佐丸が今帰仁から離れたと思われる時期からすると期間がある印象です。
ただ伝承の通り、今帰仁にいた頃から用材を運ばせるなどとしていたのなら、今帰仁から離れた頃にはある程度作業は進んでいて未完成のグスクか付近のイットカグスクに入って作業指揮をとって完成させたのかも知れません。

築造後

上記の通りグスクが完成した詳細な時期は分かっていません。
護佐丸は山田グスクから居を移すにあたって、南西の都屋港や北の長浜港を用いて交易する事を視野に入れていたと見られています2)沖縄戦国時代の謎 P136。特に長浜港はかつて泰期金満按司が交易の拠点にしていたと見られています。
しかし護佐丸が座喜味に居を置いていた期間は長くなく、1440年頃に中城へ移されます。護佐丸はおよそ20年程度の在城であったと見られています。
グスクが廃城となった時期は護佐丸が中城へ移った時期とする見方3)沖縄戦国時代の謎 P136と1458年に勃発した護佐丸阿麻和利の乱で護佐丸が滅ぼされた時期とする見方4)沖縄の名城を歩く P89があるようです。ただ護佐丸の次男が座喜味按司であったと云われているようですし5)琉球王国の真実 P123、阿麻和利の乱に際して、護佐丸の従兄弟である座喜味按司が援軍に向かったとする伝承もあるようです6)琉球王国の真実 P139
伝承を考えるのであれば護佐丸存命中はこのグスクも機能していたと見るべきかも知れません。
しかしグスクが用いられた期間は長めに見ても1422年から1458年の間と見るべきでしょう。

感想

世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つである座喜味グスクです。
防御的に工夫もなされた城壁は見事と言うしかありませんが、反面グスクの規模はお世辞にも大きいとは言えず、他の主要なグスクと比べるとコンパクトであると言えます。
主郭に住居兼政庁である建物があったことを考えると、収容できる兵力は限られグスクに防御的な工夫を施してもどの程度機能できたかという疑問があります。見方を変えれば少兵力でも守れるグスクと言えるのかも知れませんが。
ただ他の城塞型グスクと比べ明らかに新しい時代に起源を持つグスクと言え、グスクの変遷をたどる上では重要なグスクであることは間違いありません。

探訪記

二の郭城門 二の郭内
二の郭城門。
脇が迫り出しているのは
城門に押し寄せた敵を攻撃するためだそうです。
二の郭内
主郭城門 主郭内の建物跡
一の郭の城門
少し高くなっています。
主郭であった一の郭内
建物跡があります。
拝所 二の郭内
城門の脇にある拝所。
元々グスク内の七ヶ所の拝所を工事のために
移したものだそうです。
二の郭内。やや手狭な印象です。
主郭の門 城壁の上
主郭の門 主郭から城壁の上に登る事が出来ます。
拝所 二の郭内
城壁から見た二の郭。 城壁から見た主郭。
建物跡を除くと
意外にスペースは少ないようにも見えます。

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脚注

   [ + ]

1, 4. 沖縄の名城を歩く P89
2, 3. 沖縄戦国時代の謎 P136
5. 琉球王国の真実 P123
6. 琉球王国の真実 P139

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