世名城グスク

シェアする

世名城グスク

データ

グスク名 世名城グスク
読み よなぐすくぐすく
別名
所在地 八重瀬町高良
現況
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳
種別 聖域、集落?
構造物 拝所、拝井、古墓

記録

初回探訪年月日 2006/5/3
最終探訪年月日 2006/5/5
満足度(A-G) D 拝所が多く聖域的な様相と言えます。
過去の記述
所在地 八重瀬町高良
分類 不詳
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳

高良集落南の高台にあるグスク。
遺構は見当たりませんが、グスクとその周辺には拝所が多数あります。
す。
詳細は不明。

概要

世名城グスクは高良集落南、世名城集落南西の丘陵中腹、標高約80mの場所にあるグスクです。
北は急斜面で集落がある平地へ続き、南は緩やかな登り斜面で丘陵上に続いています。
グスクは約80m×50mの平場となっていて高良世名城両集落の殿などがあります1)ぐすく-グスク分布調査報告 (Ⅰ)-沖縄本島及び周辺離島

歴史、感想など

このグスクの詳細な歴史や伝承は分かっていません。
グスクの北側斜面下には世名城集落の古島とされる場所があり、グスクを中心に集落が展開していたと見られているようです2)ぐすく-グスク分布調査報告 (Ⅰ)-沖縄本島及び周辺離島
また汪英紫の孫にあたる人物に世名城按司がいたと云われているようです3)琉球王国の真実 P92が、詳細は伝わっていないようです。
尚巴志四男である八重瀬按司の子も世名城按司であったと伝えられているようです4)琉球王国の真実 P104

感想

グスクは高良集落から南へ登る道の旧道沿いに入り口があります。
現在は高良に所在していますが、高良村は元々世名城村の一部だったと見られています5)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P445
世名城高良の両集落は明治以降も併合、分立が行われていた模様です。
現在のグスクは拝所が多く存在し、聖域的な印象を受けます。
しかしグスク自体は平場になっており、それなりの広さもあることから建物は建てられたのでは無いかと思われます。

探訪記

グスク西、斜面上の拝所 グスク西方。斜面を登ったところにある拝所。
古墓らしきもの 別の道から登ったところにある古墓(?)。
変わった形です。
グスクへ向かう道 グスクへ向かう道。
この辺りは車で入れませんので徒歩になります。
グスク内 グスク。奥に見える建物は拝所のようです。
建物付近の拝所 建物の脇にある拝所。
それぞれ「八重瀬えのお通し」
「南山えのお通し」とあります。
グスクガー 拝所の奥にあるグスクガー。
脇には古墓らしきものもあります。

グスク一覧 グスクみちTOP

脚注

   [ + ]

1, 2. ぐすく-グスク分布調査報告 (Ⅰ)-沖縄本島及び周辺離島
3. 琉球王国の真実 P92
4. 琉球王国の真実 P104
5. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P445

シェアする

フォローする