具志川グスク

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具志川グスク

データ

グスク名 具志川グスク
読み ぐしかわぐすく
別名
所在地 うるま市具志川具志川
現況
築造年代 不詳
築造者 天願按司?
主な城主 天願按司、具志川按司
種別 居城
構造物 拝所、郭、石積、標柱

記録

初回探訪年月日 2005/11/17
最終探訪年月日
満足度(A-G) C グスク自体は比較的残っています。石積遺構も僅かですが確認することが出来ます。
過去の記述
所在地 うるま市具志川具志川
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 天願按司
主な城主 天願按司・具志川按司

グスクは丘全体が海に突き出て船のようなのでわかりやすいです。安慶名グスクの大川按司の次男、天願按司に築かせたといわれています。貿易を安慶名グスクの貿易を管理する役割を担っていたようです。

概要

具志川グスクは具志川集落東、海岸線沿いにある標高約30mの丘陵上にあるグスクです。
東側は太平洋に面した断崖、北から西に掛けては急斜面となっていて、南側に進入路があります。
その立地から安慶名按司の貿易を管理する役割を持っていたと見られているようです。

歴史、伝承

グスクの詳細な歴史は分かっていません。
伝承によれば安慶名按司が次男か三男である天願按司にグスクを築かせたのが始まりと云われているようです。1)「ぐすく」「沖縄戦国時代の謎」では安慶名大川按司の三男、「沖縄のグスクめぐり」では大川按司の次男。
天願按司の子は若くして没し、子がいなかったので二代目安慶名大川按司の三男がグスクに配され、具志川按司となったとされています。2)「沖縄拝所巡り300」には天願按司は討ち死にしたとする伝承が記載されています。
具志川按司は尚真王の時代に中央集権政策により首里に移り住んだと云われています。3)沖縄拝所巡り300 P207
一方で具志川按司は大和の武士により滅ぼされたとする伝承もあるようです。4)沖縄のグスクめぐり

感想

グスクは海に突き出た地形となっていて見た目にも分かりやすいです。
「ぐすく」にはかつて石垣があったが取り壊されたと記載されていて、上り道付近にはその名残と思われる石積み遺構が見受けられます。
グスクの奥、北側は広めの平場となっていて、海を見通すことも出来ます。
安慶名按司の勢力圏内では唯一海に面したグスクと思われるので、貿易に関する支城とする見方も説得力はあるかと思われます。

探訪記

グスクに入って緩やかなのぼり グスク入り口から進んだところ緩やかな上り坂です。
道の脇に見える石積み 上り坂の右手の木々の間には石積みが見えます。
グスク内の拝所 グスク内にある拝所。入り口から登ると正面に見えます。
グスクの奥 グスク奥。

グスク一覧 グスクみちTOP

脚注

   [ + ]

1. 「ぐすく」「沖縄戦国時代の謎」では安慶名大川按司の三男、「沖縄のグスクめぐり」では大川按司の次男。
2. 「沖縄拝所巡り300」には天願按司は討ち死にしたとする伝承が記載されています。
3. 沖縄拝所巡り300 P207
4. 沖縄のグスクめぐり

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