大宜味村

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大宜味村のグスク

大宜味村のグスクについてのページです。
適宜追加して行きます。

概要

国頭村のページにも記載していますが、大宜味間切は1673年に国頭間切と羽地間切の一部を割いて創設された間切です。
当初は田港間切と呼ばれていた1)グスク文化を考える P153ようですが、17世紀末頃に大宜味間切と改称された模様です2)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P848
上記の通り、グスク時代、三山時代には村内のグスクは国頭地域か久志地域であったと言う事になりますが、北山に属していた事には変わり無いと思われます。
村内の主要なグスクのうち、根謝銘グスク、喜如嘉グスクは元々国頭地域だったようですが、津波集落の津波グスク、イシグスクは久志地域であったようです。
現在の大宜味村に含まれている地域も含めた国頭間切に相当する一帯は根謝銘グスクを中心としていたと見られているようです。
しかし津波集落など久志地域に属していた一帯も根謝銘グスクの影響下にあったのかも知れませんが、そうでなかった可能性もありそうです。

大宜味村のグスク一覧

グスク名 地区 探訪年月日 概要
根謝銘グスク 謝名城 2007/1/16 詳細は個別ページにて。
確認した限りでは沖縄本島での城郭型グスクとしては最北端に位置すると思われます。
喜如嘉グスク 喜如嘉 未到達。喜如嘉集落は七滝までたどり着きましたが、グスクまで到達出来ませんでした。
喜如嘉集落南の丘陵上、標高約89mの場所にあるとされています。
「ぐすく」によれば石積みなどは存在しない丘陵のようですが、
當眞嗣一氏は主郭を中心に堀切や複数の腰曲輪を設けた土のグスクであるとしています3)いわゆる「土より成るグスク」について?沖縄本島北部のグスクを中心に(当真 嗣一)『沖縄県立博物館紀要』23号
津波グスク 津波 2007/1/16 未進入。詳細は個別ページにて。
「ぐすく」によれば石積みなどは存在しないようです。
イシグスク 津波 詳細不明。
津波集落南、平南川上流の独立丘陵上で標高約120mの場所にあるそうです。
「ぐすく」によれば岩山で、グスク内にある洞穴が拝みの対象になっているとの事です。
大宜味グスク4)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧 不詳 詳細不明。

参考

ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
沖縄県埋蔵文化財センターGIS遺跡地図(現沖縄県地図システム)
角川日本地名大辞典 47 沖縄県
グスク文化を考える

脚注

   [ + ]

1. グスク文化を考える P153
2. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P848
3. いわゆる「土より成るグスク」について?沖縄本島北部のグスクを中心に(当真 嗣一)『沖縄県立博物館紀要』23号
4. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧

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