知花グスク

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知花グスク

データ

グスク名 知花グスク
読み ちばなぐすく
別名
所在地 沖縄市知花
現況
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳
種別 居城
構造物 拝所、郭、按司墓、標柱、説明板

記録

初回探訪年月日 2006/1/9
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 石積み遺構などは確認出来ません。
過去の記述
所在地 沖縄市知花
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳

沖縄市知花の丘の上にグスクはあります。
按司が居していたといたとおもろで伝わっているようですが
詳細な伝承はありません。
鬼大城最後の地として知られています。

概要

知花グスクは知花集落の北西にある独立丘陵上、標高約87mの場所にあります。
鬼大城とも呼ばれた大城賢雄の最後の地として知られています。

歴史、感想など

このグスクの築造年代など詳細は分かっていません。
「おもろさうし」から按司が居を置いていたと見られているようですが、伝承などは伝わっていないようです。

鬼大城最後の地

1458年に勃発した護佐丸阿麻和利の乱で功績を挙げた大城賢雄は越来間切総地頭に任じられ、越来グスクに入ります。
その際にこのグスクもその拠点として用いられたと思われます。
1469年、第一尚氏が滅ぼされると、国直グスクを築き始めた安谷屋按司らと共に抵抗する姿勢を見せたため、第二尚氏の軍勢に攻められます。
越来グスクからこのグスクに落ち延び、洞窟に逃げ込んだ賢雄に対し、追っ手の軍勢は木材などを用いて洞窟を火攻めにして焼死させたと云われているようです。
ただ訪れた当時の説明板には「自害した」と記載されていましたが。
その洞窟は後世でも中が煤けていたのだそうです。
賢雄の亡骸は越来グスク東の宮里集落に埋葬されたのだそうですが、墓が崩壊したため、1853年に最後の地である洞窟に移葬され、墓口である洞窟も塞がれたのだそうです。1)沖縄戦国時代の謎 P110

感想

「ぐすく」によればかつては中腹に石積みの囲いがあったのだそうですが、現在は転石のみで確認出来ないようです。
階段と展望台が設置されていて多少整備はされていますが、手入れはあまりなされていない印象でした。

探訪記

グスクへ向かう階段。 グスクへ向かう階段。
階段付近には石積みの名残らしき物が
僅かに見られます。
階段上にある巨岩。 階段上にある巨岩。
この上にグスクはあったようです。
巨岩の上に建つ展望台 グスク内には展望台があります。

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脚注

   [ + ]

1. 沖縄戦国時代の謎 P110

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