西原町

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西原町のグスクです。
適宜更新していきます。

西原町のグスク

概要

西原の地名は首里の北(ニシ)に位置する事に由来しています。
そうなると首里王府が成立する以前、グスク時代や三山時代は別の名前で呼ばれていたとも思われますが、その頃どのように呼ばれていたのかは不明なようです。
かつては首里の北側や天久も含む広い領域を持っていたようですが1)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P996、それらの地域は首里や真和志間切へ編入されたのだそうです。
またこの頃棚原村(千原、森川など後に分立する地域も含む)は浦添間切に属していたようです2)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P452
現在の町域で見ると、グスク時代や三山時代は当然中山に属し、ちょうど幸地、棚原、津喜武多と三按司が割拠していたようですが、幸地按司が他の按司を滅ぼしたと言い伝えられ、興亡に関する伝承も残されています。
幸地は後にグスクに隣接して間切番所が置かれる3)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P3474)沖縄の名城を歩く P115など、地域の中心だったようです。(番所は後に翁長へ移転)

西原町のグスク一覧

グスク名 地区 探訪年月日 概要
イシグスク 森川 2006/3/25 詳細は個別ページにて。
棚原グスク 棚原 2006/3/25 詳細は個別ページにて。
幸地グスク 幸地 2006/3/25 詳細は個別ページにて。
津喜武多グスク 小波津 2006/3/25 詳細は個別ページにて。
小波津グスク5)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧 小波津? 「ぐすく」では津喜武多グスクと別に記載されています。
その他詳細不明。
ヨナグスク 我謝 我謝集落北、標高50mの場所にあったとされています。
かつては我謝モーとも呼ばれた場所でかつては我謝集落の殿があったのだそうですが、宅地造成により破壊され現在は西原ハイツとなって面影が残っていない模様です。。
グスクヌチジ6)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」では御嶽の頂上と記載されていますが、詳細は不明です。

参考

ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
沖縄県埋蔵文化財センターGIS遺跡地図(現沖縄県地図システム)
角川日本地名大辞典 47 沖縄県
沖縄の名城を歩く

脚注

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1. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P996
2. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P452
3. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P347
4. 沖縄の名城を歩く P115
5. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧
6. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図

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