垣花グスク

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垣花グスク

データ

グスク名 垣花グスク
読み かきのはなぐすく
別名
所在地 南城市玉城垣花
現況
築造年代 12世紀頃
築造者 ミントン按司次男?、
中城屋宜按司?
主な城主 垣花按司?
種別 居城
構造物 城壁、城門、拝所、郭、按司墓、石碑、説明板

記録

初回探訪年月日 2005/8/21
最終探訪年月日 2005/12/5
満足度(A-G) B 規模は大きくありませんが、遺構の保存状態は結構良い印象です。
過去の記述
所在地 南城市玉城垣花
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳

垣花集落東側にあるグスク
野面の城壁が良く残っています。
その形態から三山時代以前に築かれたと見られていますが
遺物などから三山時代を通して使用されたと見られているようです。
築造者については諸説あってはっきりしないようです。
また大城按司真武の夫人がこのグスクの出身と言われているようです。

概要

垣花グスクは垣花集落南にある標高約120mの丘陵上に築かれたグスクです。
二つの郭から成るグスクで、どちらの郭も形を良く留めています。

歴史、伝承

このグスクの詳細な歴史は分かっていないようです。
築造年代は伝わっていないものの、城壁の造りや遺物などから12世紀後半頃と見られているようです1)沖縄の名城を歩く P65
築造者についてはミントン按司の次男と云われているようですが、英祖王統2代目大成王から分かれた中城屋宜按司によって築かれたとも云われているようです2)沖縄のグスクめぐり

那覇垣花の始まり

大城按司の夫人は垣花グスク出身と云われ、大城按司が滅亡した際夫人と若按司は、夫人の郷里である垣花へ落ち延びます。
しかし敵方に見つかる恐れがあったため、追手から逃れるため小禄間切儀間の藪に居を構えたのだそうです。
その後小禄間切や儀間村から若按司を慕って周辺に移り住む人が現れ、やがて垣花村と呼ばれるようになったと云われています。
後に那覇の垣花に対し、玉城の垣花を東垣花と呼ぶようになったとも云われています。

感想

このグスクは集落に隣接するように残っているグスクです。
城塞型グスクとしては古い部類だそうですが形を良く留め、手入れもされているため主郭まで到達する程度なら気軽に行ける印象です。

探訪記

グスク入り口 グスク入口。
林を通り抜けます。
林の中に現れる城壁 林の中にある城壁。
主郭のものです。
城門から中に入れます。
主郭内 主郭内の平場。
手入れが行き届いた印象です。
グスク内の拝所 グスク内にはこういった拝所がいくつかあります。

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脚注

   [ + ]

1. 沖縄の名城を歩く P65
2. 沖縄のグスクめぐり

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