本部町

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本部町のグスクです。
適宜追記して行きます。

本部町のグスク

概要

今帰仁村のページにも記載していますが、現在の本部町に相当する本部間切は第二尚氏時代の1666年今帰仁間切の11村を伊野波間切として分離サせたのが始まりで、翌67年に7村を追加して本部間切と改称したようです。1)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P886
従ってグスク時代、三山時代においては北山の中心地である今帰仁地域の一部であった事になります。
地域一帯は今帰仁グスクの支配下であったと思われますが、陣グスクは按司の居城であったという伝承が残っているようです2)沖縄のグスクめぐり

本部町のグスク一覧

グスク名 地区 探訪年月日 概要
山川チヂグスク 山川 「ぐすく」によれば集落北側の台地南側崖面にある墓をそう呼んでいるとの記載がある物の、本部町文化財調査書(以下報告書)では「明確にグスクと呼ばれてはいない」との事です。後の聞き取り調査でも「山川地区でグスクと称されるものはない」との事です。
備瀬グスク 備瀬 2007/1/16 詳細は個別ページ参照。
本部具志川森グスク 渡久地 2007/1/16 詳細は個別ページ参照。本部町の報告書によれば標高75mの岩山で、具志川御嶽として拝まれているようです。
アメラグスク 健堅 「ぐすく」によれば、標高50~60mの丘陵上にあるようですが、調査は困難との事です。遺跡地図によると大小堀川が流れている南側に当たります。石垣遺構などは確認されていないものの、「グスクに向う道沿いには、拝所、井泉等があり、聖地的様相と呈する。」と記載されています。
健堅グスク3)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 健堅? 「分布図」には墓地と記載されています。
富盛グスク 具志堅 「ぐすく」によれば。具志堅集落南方300m、標高50mの小丘を「トムイ」と呼称しているとの事です。しかし特に地域で拝まれていると言ったことは無い模様です。付近に「具志堅御拝」と呼ばれる拝所はあるそうですが、グスク自体は未確認のようです。
陣グスク 伊豆味 「沖縄のグスクめぐり」や「ぐすく」によると、北山が尚巴志率いる中山、中北山按司による連合により滅ぼされた際にマーミ按司が逃亡してきたという伝承や、連合軍と北山軍の残兵による戦があったという伝承があるようです。
なお石積み遺構などはない模様です
具志堅グスク4)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には御嶽と記載されています。
チヂグスク5)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には墓地と記載されています。
謝花上グスク6)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には御嶽と記載されています。
具志川グスク7)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には御嶽と記載されています。
マングスク8)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には墓地と記載されています。
ヂングスク9)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には墓地と記載されています。
瀬底グスク10)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」には御嶽と記載されています。
ミタテ森グスク11)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧 不詳 詳細不明。

参考

ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
沖縄県埋蔵文化財センターGIS遺跡地図(現沖縄県地図システム)
角川日本地名大辞典 47 沖縄県
本部町文化財調査報告書
沖縄のグスクめぐり

脚注

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1. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P886
2. 沖縄のグスクめぐり
3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図
11. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧

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