三重グスク

三重グスク

データ

グスク名 三重グスク
読み みーぐすく
別名 新グスク、北砲台
所在地 那覇市西
現況
築造年代 16世紀
築造者 尚清王
主な城主 不詳
種別 砲台
構造物 城壁、拝所、虎口、郭

記録

初回探訪年月日 2006/2/24
最終探訪年月日 2008/3/25
満足度(A-G) C 首里城を除いた、那覇市内のグスクでは最も遺構を確認することが出来ます。
過去の記述
所在地 那覇市西
分類 砲台
築造年代 16世紀
築造者 尚清王
主な城主 不詳
那覇市西、ロワジールホテル裏手にあるグスク
楚辺の豪族だった王農大親が石垣を築いたと伝承がありますが
第二尚氏4代目尚清王の頃に屋良座森グスクとともに那覇の海岸線を守るために築かれたものとされています。
1609年の薩摩侵攻の際には薩摩軍に那覇への上陸を諦めさせたといわれています。また三つの橋で繋いだことが名前の由来になっているのだそうです。

概要

那覇市西、ロワジールホテル裏手にあるグスク。
屋良座森グスクの対岸に築かれ、那覇港の北岸を守る役割を持っていました。
三つの橋で繋いだことが名前の由来になっているのだそうです。

名称の由来について

「三つの橋で繋いだ」から「三重」グスクとする説と屋良座森グスクに対する「新(みー)グスク」という意見があるようです。

歴史

楚辺の豪族だった王農大親が石垣を築いたと伝承がありますが
第二尚氏4代目尚清王の頃に屋良座森グスクとともに那覇の海岸線を守るために築かれたものとされています。
「新グスク」という別称の通り、対である屋良座森グスクより後に築造が開始されたとする見方もあります。
築造後、屋良座森グスクと共に倭寇を撃退したり、1609年の島津氏侵攻に際しては島津軍に那覇への上陸を諦めさせたといわれています。

探訪記

2008/3/25

グスク入り口 入り口脇の拝所
二度目の探訪でのグスク入り口。 入り口脇にある「水神」の拝所。
入り口付近の城壁 グスク内
入り口付近にある城壁の石積み。 グスク内には遥拝所などがあります。
グスク内の城壁 グスク内
グスク内北東の城壁。 グスク内の拝所。
グスク内には幾つかの拝所があり、
それらは航海の安全祈願をする場所であり、
離島への遥拝所でもあります。

2006/2/24

グスク入り口 海岸沿いの拝所
グスク入り口。奥に見えるのは海上保安庁の施設です。 海岸沿いにいくつも拝所があります。
海岸沿いの石積み 遥拝所
海岸側の石積み。アーチ上になっている部分もあります。 グスクの遥拝所。拝みする人は結構やってくるようです。

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