長嶺グスク

長嶺グスク

データ

グスク名 長嶺グスク
読み ながみねぐすく
別名
所在地 豊見城市長堂
現況
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 長嶺按司
種別 居城
構造物 拝所、郭、按司墓、標柱

記録

初回探訪年月日 2005/11/5
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 石積みなど地上遺構は確認されていません。
過去の記述
所在地 豊見城市長堂
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 長嶺按司

集落内の一角にある水タンク脇の細道を進むとグスク前に出ます。全体的に小規模で石積み等遺構は確認できませんが、郭や物見台などの形は残っているように思えます。
長嶺按司は仲間グスクの仲間按司の娘を強引に娶ろうとしましたが、
舟遊びしているところを仲間按司の軍に襲撃されてグスクも陥落したそうです。

概要

長嶺グスクは嘉数集落の南東にある標高約98mの独立丘陵上に築かれたグスクです。
集落内の一角にある水タンク脇の細道を進むとグスク前に出ます。
グスクのある丘陵自体、比高50-60mほどの高台に位置しているため、高台下から見ると非常に要害性の高い地形となっています。

歴史、感想など

グスクの築造年代は分かっていませんが、長嶺按司の居城であったと云われています。
長嶺按司は豊見城按司の長子とする見方もありますが、「琉球王国の真実」では承察度の六男が初代長嶺按司で三代目まで続いたとしています。
複数の資料で共通している事は、長嶺按司は金良、長嶺、長堂、嘉数、真玉橋、根差部といった村を領有して勢力を誇っていたという事と
山南の内紛や衰退を見て、第一尚氏に寝返ったという点です。

落城伝説

長嶺按司は国場川の対岸にある仲間グスクの仲間按司の娘を、自らの勢力を以って強引に娶ろうとしました。
そのため仲間按司は長嶺按司との戦に備えて、近隣に応援を依頼したのだそうです。
そんな中のある日、長嶺按司が国場川上流で舟遊びしているところ、情報を察知していた仲間按司の軍に襲撃されて敗れグスクも陥落したそうです。
ただ按司はグスクまで落ち延びた後、馬を井戸に落として自害したように見せかけて行方をくらましたとも云われているようです。

感想

グスクは全体的に小規模で石積み等遺構は確認されていません。
しかし散策はしやすく、郭や物見台などの形は残っているように思えます。

探訪記

グスク入り口 グスク入り口。ブロックで作られた階段を上っていきます。
散策しやすいグスク内 グスク内。遺構は無く、拝所や墓がある程度ですがある程度手入れされていて散策しやすいです。
長嶺按司の墓 長嶺按司の墓。比較的新しい墓です。
グスクの一角にある広場 グスクを登らずにまっすぐ進んだところにある広場。
ここもかつてはグスクの一部だったようです。

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