イットカグスク

イットカグスク

データ

グスク名 イットカグスク
読み いっとかぐすく
別名
所在地 読谷村波平
現況 ゲートボール場
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 波平大主?、護佐丸
種別 住居?
構造物

記録

初回探訪年月日 2007/5/2
最終探訪年月日
満足度(A-G) F グスクは破壊され遺構などは確認出来ません。
過去の記述
所在地 読谷村波平
分類 住居(?)
築造年代 不詳
築造者 波平大主(?)護佐丸(?)
主な城主 波平大主(?)護佐丸(?)

読谷村波平の県道6号線沿い、昭和シェル石油がある場所の背後には小さな丘があり
「イットカグスク」と呼ばれていたそうです。
このグスクには複数の伝承があり、一つは「波平集落の頭であった波平大主が西の集落から東の集落に移る際の仮住まい」と言うもの。
もう一つは「護佐丸が山田グスクから座喜味グスクに移る際、築城中の仮住まい」と言うものです。
どちらも「いっとき住んでいたからイットカグスク」と呼ばれたとあります。
波平大主が先に住んでそれを護佐丸を利用したと言う可能性もありそうですが・・・
グスクには遺構、遺物はなかったようで現在は消滅して広場になっています。

概要

イットカグスクは波平集落西寄りの県道6号線沿い、昭和シェル石油がある場所の背後にあったとされるグスクです。
かつては小丘だったそうですが、現在は丘ごと消失しゲートボール場になっています。

歴史、伝承

このグスクの詳細な歴史は分かっていませんが、複数の伝承があり「ぐすく-グスク分布調査報告」に記載されています。
どちらも伝承の域を出ませんので、どちらも無かったかも知れませんしあったかも知れません。
伝承があるだけの丘だった可能性もあれば、波平大主が仮住まいにして跡地を護佐丸が再利用した可能性もあるかも知れないという事を踏まえて、記載していきます。
ただグスクは遺構、遺物ともに確認されていなかった模様です。

波平大主の仮住まい

一つは「波平集落の頭であった波平大主が西の集落から東の集落に移る際の仮住まい」と言うものです。
波平大主については古い時代の人物と思われますが、手元の資料では詳しい事は分かりませんでした。
ただ読谷村のガイドマップによれば、グスクから南西200mほどの位置に波平大主の墓があるようですので、グスクと縁がある人物と思われます。

護佐丸の仮住まい

もう一つは「護佐丸が山田グスクから座喜味グスクに移る際、築城中の仮住まい」という物です。
山田グスクのページにも書きましたが、護佐丸は1416年頃に今帰仁城主に任じられており、その間に山田グスクの石を人夫に運ばせたと言い伝えられています。
1422年、尚巴志王の世子である尚忠が正式な北山監守に任じられています。
それから護佐丸が座喜味グスクに移るまでの間、仮住まい兼指揮所として山田グスクより現場に近いこの場所を用いたという可能性はあるのかも知れません。

探訪記

グスク西側より グスク跡を西側から見たもの
ゲートボール場になっています。
グスクはフェンスと施錠で立ち入り出来ません。
もっとも状態は外側からでも一目瞭然なので立ち入る必要もありませんが。
グスク全景 グスク全景。
東側から見たもの。
完全に消滅したのが分かります。
フェンス沿い フェンス沿いに外側を進んでみましたが
何も見つけられず。
盛り土 昭和シェル石油側の塀に残った盛り土。
かつての地形の名残でしょう。

グスク一覧 グスクみちTOP

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする