読谷村

読谷村のグスクです。
適宜更新していきます。

読谷村のグスク

概要

現在の読谷村はかつて読谷山と呼ばれ中山に属していました。
現在の村域に加えて1673年に設立された恩納間切の南側も領域としていたようです1)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P1009
読谷山の中心は山田(読谷山)按司の居城で読谷山グスクとも呼ばれた山田グスク(現恩納村)であったと見られています2)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P710
山田グスクの他には、南側の大湾に同じ今帰仁按司系である大湾按司の居城、(大湾)ウフグスクがあったとされています。
この二ヶ所がグスク時代から三山時代に掛けて読谷山の主なグスクであったと思われます。
他のグスクとしては一時的に身を隠すための居館であったと云われている渡具知泊グスクや大湾按司の兄が居城としたと云われているヤクミーグスクなどがあるかと思われますが、主要なグスクであったとは考えにくいと思われます。
三山が統一され、第一尚氏の時代には読谷山按司護佐丸が座喜味グスクを築き、1422年頃山田グスクから居を移します。
しかし護佐丸は1440年頃中城グスクに移り、座喜味グスクは遅くとも護佐丸が滅ぼされた1458年頃には廃城になったと思われます。

読谷村のグスク一覧

グスク名 地区 探訪年月日 概要
カナグスク 瀬名波 瀬名波集落北、瀬名波グスクの南、残波岬へ向かう道路の東側にあったとされています。
グスクは一時米軍基地(ナイキ基地)があったようで、破壊されているようです。
また王の私生児が住んだが、水が無かったためウーザグスクに移ったとする伝承があるようです3)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
一応付近を通った際に、車内からざっと見て何も無さそうだったため写真などは撮っていませんが、古墓が残っているようです。
瀬名波グスク 瀬名波 2005/10/14 詳細は個別ページにて。
宇座グスク 宇座 2005/10/14 詳細は個別ページにて。
トウヤマグスク 長浜 2007/5/2 詳細は個別ページにて。
マテージグスク 長浜 2007/5/2 詳細は個別ページにて。
グスクダキ4)読谷村立歴史民族資料館「館報」No3 渡慶次 渡慶次集落中心部、渡慶次集落北東にあるようです5)読谷村史字ガイドマップ:渡慶次
戦前は祠があり立ち入りが禁止された聖域だったそうです。
採石により破壊を受け原型が失われたという事です。
渡慶次グスク6)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 渡慶次? 「分布図」では御嶽と記載されています。グスクダキと同一かも含めて詳細は不明です。
座喜味グスク 座喜味 2009/4/4 詳細は個別ページにて。
タカヤマグスク 座喜味 2009/4/4 詳細は個別ページにて。
イットカグスク 波平 2007/5/2 詳細は個別ページにて。
グスクヌチジ7)読谷村立歴史民族資料館「館報」No3 喜名 喜名集落東、現在は米軍基地内のようです。
泊グスク 渡具知 2005/10/14 詳細は個別ページにて。
ヤクミーグスク 大湾 大湾集落東、長田川上流にあるそうですが、現在は米軍基地内となっています。
ヤクミーは兄の事で、大湾按司の兄が居を置いていたと云われているようです8)読谷村史字ガイドマップ:大湾
ウフグスク 大湾 2006/2/2 詳細は個別ページにて。
メーダグスク 大湾 2007/5/2 詳細は個別ページにて。
大湾グスク9)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧 大湾? 「ぐすく」では(大湾)ウフグスクと別に記載されていますが詳細は不明です。
古堅グスク10)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 古堅? 「分布図」では前グスク(メーダグスク?)の西に隣接するように記載されています。
該当する周辺には古堅の殿やビジュルなど拝所があるようです。11)読谷村史字ガイドマップ:古堅

参考

ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
角川日本地名大辞典 47 沖縄県
沖縄県埋蔵文化財センターGIS遺跡地図(現沖縄県地図システム)
読谷村立歴史民族資料館「館報」No3
読谷村史字ガイドマップ

脚注

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1. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P1009
2. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P710
3. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
4, 7. 読谷村立歴史民族資料館「館報」No3
5. 読谷村史字ガイドマップ:渡慶次
6, 10. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図
8. 読谷村史字ガイドマップ:大湾
9. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧
11. 読谷村史字ガイドマップ:古堅

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