国吉グスク

国吉グスク

データ

グスク名 国吉グスク
読み くによしぐすく
別名
所在地 糸満市国吉
現況
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 国吉大屋子
種別 居城
構造物 城壁、拝所、虎口、拝井、郭、説明板、標柱

記録

初回探訪年月日 2005/9/11
最終探訪年月日 2006/4/29
満足度(A-G) B 全体的に良く残っています。
過去の記述
所在地 糸満市国吉
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 国吉大屋子

国吉集落の北側にあるグスク。
南山グスクの出城として築かれたといわれています。
主郭と二の郭からなり、主郭は石積みを積み上げた上にあり
グスク自体が物見台的な役割があったと思われます。

概要

国吉集落北の丘陵上に築かれたグスクで、最高所で標高72mだそうです。
位置的に見て、南山グスクの南を守る出城としての役割を持ったグスクと見られています。

歴史、伝承

詳細な歴史は分かっていません。
三山時代、国吉大屋子が城主を務めていたと云われています。
国吉大屋子は金屏風の伝承で他魯毎王に反対した人物として知られています。
国吉大屋子については他魯毎王より謹慎を命じられた、隠居し息子に城主を譲ったなどと云われているようです。
第一尚氏による三山統一後、国吉大屋子の子孫(息子とも)と云われ、国吉地頭職にあった国吉比屋は中城落城後落ち延びてきた護佐丸三男の盛親を真栄里グスクに匿い養育したと云われています。

感想など

現地説明板などでは二の郭、一の郭と二つの郭があると記載されていますが、「ぐすく」では単郭と記載されています。
多分、主郭とされる石垣上の郭が物見台と認識されているのかも知れません。
このページでは説明板に従って記載しています。
グスク自体は全体的に良く残っていますが、グスクへ向かう道が狭いためか草に埋もれがちな印象です。

探訪記

グスクへ向かう道 グスクへ向かう道
雑草が伸びている時は通行は厳しいです。
グスク説明板。
二の郭虎口 二の郭内の虎口。
この奥が郭になっています。
二の郭城壁 虎口近辺の石積み。
保存状態はいいようです。
二の郭の拝所 二の郭の拝所。
主郭を見上げます 二の郭から見た主郭。
結構高さがあります。
植物が生い茂った主郭 主郭。
城壁らしきものが見えますが、植物が生い茂って分りにくいです。
通行もかなり厳しいです。
主郭の石積み 主郭の南側下の石積み。

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