フェンサグスク

フェンサグスク

データ

グスク名 フェンサグスク
読み ふぇんさぐすく
別名 フェンサグスク貝塚、名城グスク
所在地 糸満市名城
現況
築造年代 不詳
築造者 タルマサ
主な城主 タルマサ、トゥンビベンサ、四郎樽金
種別
構造物 拝所、古墓、石積、標柱

記録

初回探訪年月日 2006/1/27
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 石垣なども残っているようですが、現状は古墓や拝所を除くと確認は難しい状態です。
過去の記述
所在地 糸満市名城
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 タルサマ
主な城主 タルマサ・トゥンビベンサ・四郎樽金

別名名城グスク
グスク周辺から発見された土器などの出土品から
古い部類のグスクと見られているようです。
伝承によればこのグスクを築いたタルマサは南山グスクより
やってきたといわれているようです。

概要

フェンサグスクは別名名城グスクとも呼ばれ、名城集落の北側、内陸からの丘陵西端部で標高約25mの場所にあります。

伝承

フェンサグスクのタルマサに関する伝承は一つでは無い模様です。
両者はかなり異なる部分がありますので、比較も兼ねて要約して併記します。

伝承1

「ぐすく」や「沖縄のグスクめぐり」などに記されている伝承です。
グスクを築いたと云われるタルマサは南山グスクからやってきたと云われています。
タルマサの子、トゥンビベンサは隣村喜屋武の按司、喜屋武クガニーの妹に恋するもクガニーから挑まれた石投げ勝負に敗れ、断念します。
トゥンビベンサの子、四郎樽金は勝連グスク浜川按司の娘で美女と誉れ高い真鍋樽を嫁に迎えたのだそうです。

伝承2

「琉球王国の真実」に記載された伝承です。
南山が第一尚氏に滅ぼされた後、他魯毎王の四男で名城按司の樽真佐(タルマサ)は息子の四郎樽金と共に宮城島に落ち延び、南グスクを居とします。
四郎樽金は勝連グスク浜川按司の娘、真鶴金に会うために宮城島から勝連グスクまで通っていたそうですが、その時に小舟を漕ぐ速度が速いためトゥビヘンサ(飛び隼)と渾名されたと云われています。
真鶴金を嫁に迎えた四郎樽金は平安座島に東グスクを築いて居を移したと云われています。

探訪記

森を後ろに控えた拝所 拝所。
後方の鬱蒼とした森には石積み遺構があるそうですが、
調査などは未だ行われていないようです。
グスク外縁部の道 グスク外縁部の道。
この先には墓が何基もあります。
按司墓 按司墓。
周辺には古墓も数基あります。
グスクの外へ向かう道 古墓のあるあたりからグスク域外側への出入り口。
蔦が覆って分りにくいですが石積みです。
石積み 石積みのアップ。
古墓とおなじぐらいの時期に作られたのでしょう。

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