アカチチグスク

アカチチグスク

データ

グスク名 アカチチグスク
読み あかちちぐすく
別名
所在地 糸満市与座
現況
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 不詳
種別 聖域?
構造物 拝所、古墓、石碑

記録

初回探訪年月日 2007/5/4
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 拝所と古墓のみのグスクです。
過去の記述
所在地 糸満市与座 分類 聖域? 築造年代 不詳 築造者 不詳 主な城主 不詳

糸満市与座のコミュニティセンター東方にあるグスク。
散策中にたまたま見つけたグスクで、各種資料には記載がありません。
グスク北側に拝所や墓(らしきもの)があるだけで奥は自然地形になっています。
馬場広場の向かい、という分かりやすい場所にあることから集落の拝所として拝まれている
聖域的なグスクと思われます。

概要

アカチチグスクは糸満市与座のコミュニティセンター東方にあるグスクです。

伝承

「琉球王国の真実」に記載されている内容を要約すると
英祖王統三代目恵慈王の頃、恵慈王の長子である八重瀬按司は対立していた大城森グスクの上与座世之主を討伐するため、
従兄弟である二代目勝連按司に援軍を依頼して攻め込むも、各個撃破され敗れたのだそうです。
その際に夜間航行で遅れて駆けつけた勝連軍が具志頭港川を経て布陣した場所と云われているのだそうです。
勝連軍が夜通しで駆けつけて、布陣した時には明け方(暁、アカチチ)になっていて、敗れた八重瀬、勝連の兵を弔ったのが勝連墓だそうです。
しかし広範に渡って弔ったため、その後与座集落では複数箇所で工事などで人骨が発見され、それは戦後まで続いた模様です。

感想

散策中にたまたま見つけたグスクで、
当時はネットでの情報も完全に皆無で、各種資料にも記載がありませんでした。
グスク北側に拝所や古墓があるだけで奥は自然地形になっています。
馬場広場の向かい、という分かりやすい場所にあることから集落の拝所として拝まれている
聖域的なグスクと思われます。

探訪記

馬場広場 与座コミュニティーセンターの東に隣接した
馬場広場。
グスクは道を挟んだ向かいにあります。
拝所 北側に向かっているグスクの拝所。
アカチチグスク 拝所上部には「アカチチグスク」と表記されています。
墓? 拝所に隣接して墓らしきものがあり、
「勝連墓」と表記されています。
「琉球王国の真実」によれば道路工事のため、2000年に移設されたのだそうです。
森 拝所などがある辺りから南西に進んだところ。
岩が露出して自然地形といった雰囲気です。

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