糸数グスク

糸数グスク

データ

グスク名 糸数グスク
読み いとかずぐすく
別名
所在地 南城市玉城糸数
現況
築造年代 14世紀頃?
築造者 糸数按司?
主な城主 糸数按司?
種別 居城
構造物 城壁、城門、拝所、郭、按司墓、石積、石碑、説明板

記録

初回探訪年月日 2005/8/21
最終探訪年月日 2007/7/16
満足度(A-G) A 城壁は本島南部で随一と思われます。
過去の記述
所在地 南城市玉城糸数
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 糸数按司
主な城主 糸数按司
南部屈指の名城。
グスクを築いた糸数按司は玉城按司の息子といわれています。
このグスクは南山滅亡後に中山の討伐を受けたとも言われています。

概要

糸数グスクは糸数集落南西にある台地の西崖端部、標高約180mの場所に築かれたグスクです。
単郭ながら、本島南部での有数の規模と言われており、
最高6mの高さに石が積まれてアザナと呼ばれる見張所らしき施設も備えた城壁が、特徴で最大の見どころといえるグスクです。

歴史、伝承

このグスクの詳細な歴史は分かっていません。
伝承では玉城按司が三男を糸数に封じてグスクを築かせたと云われているようです。

比嘉ウチョウと落城の伝説

糸数按司の家臣に比嘉ウチョウ1)比嘉御長と表記される事もあります。 – 沖縄の拝所巡り300 P115という怪力の兵頭がいたのだそうです。
ウチョウがグスクの建築用資材を探すため国頭へ出払って留守の間に上間按司の軍勢に攻められ火攻めにあったと云われています2)沖縄戦国時代の謎3)沖縄の名城を歩く
糸数按司は防戦するも不意を突かれた事もあってかグスクは落城します。
そしてウチョウも戻った所を襲われて討たれたのだそうです。
現在おきなわワールド内のガンガラー洞穴にあった人骨は糸数グスクの戦死者では無いかとも云われているようです4)沖縄戦国時代の謎5)琉球王国の真実 P129
また上間按司に攻められて落城したのは南山滅亡後とされていますが、攻められた理由については中山(第一尚氏)の命とする見方6)沖縄のグスクめぐりや交易絡みとも取れる記述がなされている場合もあり7)沖縄戦国時代の謎、はっきりしていないようです。

感想

城壁の規模では本島南部で随一と言っても良いグスクだと思っています。
地形に沿って高く積まれた城壁が曲がりくねっている様は迫力があります。
郭はほぼ単郭で、平場のみとなっていますが三方が崖で、残る東側を城壁で固めているので充分と考えていたのでしょう。

探訪記

グスクに入って見える城壁 グスク入り口北東から見える城壁
切石の城門 切石積みで造られた城門や櫓門だったと見られているようです。。
城壁の内側 城壁の内側、城壁が高く外は見えません。
切石積みの城壁 グスク外側より、城門と同じ切石積みの城壁があります。
グスク西側の平場 グスク西側である郭内は、それほど遺構を確認することは出来ません。

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脚注

   [ + ]

1. 比嘉御長と表記される事もあります。 – 沖縄の拝所巡り300 P115
2, 4, 7. 沖縄戦国時代の謎
3. 沖縄の名城を歩く
5. 琉球王国の真実 P129
6. 沖縄のグスクめぐり

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