安次富グスク

安次富グスク

データ

グスク名 安次富グスク
読み あしとみぐすくあしとぅぐすく
別名
所在地 南城市玉城當山
現況
築造年代 15世紀?
築造者 安次富金橋
主な城主 安次富金橋
種別 住居
構造物 古墓

記録

初回探訪年月日 2005/9/3
最終探訪年月日 2006/2/18
満足度(A-G) D 住居跡という事もあり、遺構は残っていません。
過去の記述
所在地 南城市玉城當山
分類 住居
築造年代 不詳
築造者 安次富金橋
主な城主 安次富金橋

尚泰久王の長男でありながら王位から遠ざけられた
安次富金橋が住居としていたグスクです。
グスクは巨岩の上にあったといわれていますが、
岩の上に遺構らしきものはありません。

概要

安次富グスクは當山と富里集落の境界付近にある巨岩上にあったと云われているグスクです1)沖縄のグスクめぐり
尚泰久王の長男である安次富金橋(加那巴志)が住居を構えたと云われています。

歴史、伝承

安次富金橋は尚泰久王の長男でしたが、王位を弟の三津葉多武喜や八幡加那志とともに當山、富里に都落ちしたと云われています。
彼らの母親は中城按司護佐丸の娘であったためとも云われていて、多武喜は大川グスクを築いて居を置き、加那志は叔父である豊見城按司が築いた仲栄真グスクを増築したと云われています。
金橋はグスクの巨岩上に登り、供養の御願をしたと云われています2)沖縄のグスクめぐり

感想

當山と富里の境付近を通る道路脇にある巨岩がグスクと云われているようです。
グスクは巨岩上にあったとされているようですが、巨岩上の平場は住居とするにも手狭な印象で、
かつ金橋は「供養の御願」をする際にグスク(巨岩)に登ったとも云われていますので、普段の住居は巨岩の脇あたりにあり、巨岩上は御願の場であり物見くらいは兼ねていたかも知れません。

探訪記

グスクがあったという巨岩。 グスクがあったという巨岩。
岩の上は平坦です 岩の上、段差はありますが基本的には平坦です。
遺構らしきものはなし 同上
木が生い茂っている部分もあり、遺構らしきものはなし、住居跡ですから・・・。

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脚注

   [ + ]

1, 2. 沖縄のグスクめぐり

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