稲福遺跡

山グスク(稲福遺跡)

データ

グスク名 稲福遺跡
読み いなふくいせき
別名 山グスク
所在地 南城市大里大城
現況 稲福無線中継所など
築造年代 12世紀頃?
築造者 不詳
主な城主 不詳
種別 集落、聖域
構造物 拝所、石積

記録

初回探訪年月日 2006/2/18
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 主に集落としてのグスクで、拝所以外に目立った遺構は見受けられません。
過去の記述
所在地 南城市大里大城
分類 集落・聖域
築造年代 12世紀頃?
築造者 不詳
主な城主 不詳

大城グスクの北側、航空局施設のある高台にある遺跡。
北側の上御願・東の中村御嶽・南東の中森御嶽・南の稲福殿で成り立っています。
古い集落跡で、現在航空局施設が立地する辺りの上御願が中心だったと見られているようです。
また、この辺りではかつて大城軍と大里軍の決戦があったという伝承があります。

概要

稲福遺跡は山グスクとも呼ばれ、大城の稲福集落北東にある高台上、標高約180mの場所にある遺跡です。
グスクとしては北側の上御願(イーヌウガン)、東の中村御嶽、南東の中森御嶽、南の稲福殿から成り立ち、総称して稲福遺跡群とも呼ばれています。
グスクのある高台は三方を崖に囲まれた自然の要害となっていて1)角川地名大辞典47 沖縄県 P162、戦前まで稲福集落がありました2)グスク・共同体・村―沖縄歴史考古学序説 P216
しかし戦後米軍に占領されたため集落は高台下に移り、現在は稲福無線中継所などがあります。

歴史、伝承

このグスクの詳細な歴史や伝承は伝わっていないようです。
しかし調査から現在無線中継所がある上御願が最も古く12世紀頃に成立し、それから稲福殿に中心が移って行ったと見られているようです3)グスク・共同体・村―沖縄歴史考古学序説 P222
またこのグスクがある高台は大里軍と大城軍が戦を行った伝承地でもあります。

感想

このグスクは上記の通り、主に集落であったため目立つ遺構は確認出来ません。
特に最高所とされる上御願は無線中継所が建っているため、地上遺構があったとしても消失したと思われます。
現在の所は稲福殿と付近の拝所を訪れた程度なので、今後も再訪したい所です。

探訪記

南側から見ます グスク域南端部より見ます。この道をまっすぐ進むと稲福殿や無線中継所があります。
グスク域南東部 グスク域南東部。
稲福殿 道沿いにある稲福殿。
稲福殿南の拝所 稲福殿の南にある拝所。

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脚注

   [ + ]

1. 角川地名大辞典47 沖縄県 P162
2. グスク・共同体・村―沖縄歴史考古学序説 P216
3. グスク・共同体・村―沖縄歴史考古学序説 P222

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