大城グスク

大城グスク

データ

グスク名 大城グスク
読み うふぐすくぐすく
別名
所在地 南城市大里大城
現況
築造年代 13世紀頃?
築造者 大城按司
主な城主 大城按司
種別 居城
構造物 拝所、郭、石積、標柱、説明板

記録

初回探訪年月日 2005/9/1
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 郭跡を除くと、明確な地上遺構はそれほど見受けられません。
過去の記述
所在地 南城市大里大城
分類 居城
築造年代 不詳
築造者 大城按司眞武
主な城主 大城按司眞武

丘陵地帯の一角にある丘の頂上にグスクはあります。
見晴らしは良いのですが、遺構は少なめです。
城主の大城按司・眞武は近隣の有力者でしたが、大里軍との戦の際、自軍の旗を誤って倒したため、グスクで見ていた夫人や臣下がグスクに火を放ち自害。按司自身も驚いたところを大里軍に隙をつかれて敗れ、自刃したそうです。

概要

大城グスクは大城集落北、標高143mの独立丘陵上にあるグスクです。
グスクは丘の頂上に築かれ、二つの郭からなると見られています1)沖縄のグスクめぐり

歴史、感想など

このグスクの詳細な歴史は分かっていません。
伝承によれば玉城按司の次男である大城按司眞武によって築かれたと云われているようです。
大城按司は島添大里按司である汪英紫により置かれたとも云われています2)沖縄の名城を歩く P68が、後に対立し戦となります。

大城崩れと落城伝説

大城按司と島添大里按司は対立し、長堂原で決戦となります。
戦は稲福遺跡のある台地に移り大城軍優勢で進んでいましたが、大城軍の旗手が誤って旗を倒してしまいます。
グスクの物見で按司夫人や家臣が戦況を見守っていましたが、旗が倒れたのを見て敗れたと勘違いし、グスクに火を放ちます。
勝っていたはずなのにグスクが炎上しているのを見た大城軍は動揺し、その隙を大里軍に襲われ敗北、按司は自害しグスクは廃城になったのだそうです。
伝承は大雑把に上記の通りですが、資料によって若干の差異があります。
また落城後、グスク内の石垣を崩して、大里グスクへ運んだとも云われているようです3)沖縄の名城を歩く P68

感想

グスクは周囲より高めの独立丘陵上にある事もあり、見晴らしは良かった印象です。
多少の石積みは確認出来ましたが、廃城後大里方により石が運び出されたとも云われているように、目につくような遺構は見受けられませんでした。

探訪記

グスク入り口 グスク入り口。まっすぐ進むと二の郭ですが、雑草がひどくて遺構は確認できず。
一の郭付近にある独特の拝所 一の郭へ進む途中にある拝所。かなり独特です。
一の郭の石積み 一の郭。拝所付近の石積み。

グスク一覧 グスクみちTOP

脚注

   [ + ]

1. 沖縄のグスクめぐり
2, 3. 沖縄の名城を歩く P68

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