うるま市(旧与那城町)

うるま市(旧与那城町)のグスクです。
適宜更新していきます。

旧与那城町のグスク

概要

与那城間切は1676年に西原間切として勝連間切から分立し、同年平田間切と改称し後に与那城間切となったそうです1)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P1003
従ってグスク時代から三山時代に掛けて、少なくとも与勝半島の範囲は勝連グスクの按司が治めていたと思われます。
旧町域の有人離島には全て城塞型グスクがあり按司の伝承があることから島毎に按司が治めていた時期があるのかも知れません。
また間切名にもなった与那城は洲(ユナ)を見下ろすグスクの意味と見る向きがあり、ナーグスク(野グスク?)を指しているとも見られているようです2)角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P715

旧与那城町のグスク一覧

グスク名 地区 探訪年月日 概要
伊計グスク 伊計 2007/1/19 詳細は個別ページにて。
南グスク 上原 2005/12/28 詳細は個別ページにて。
泊グスク 宮城 2005/12/28 詳細は個別ページにて。
平安座東グスク 平安座 平安座集落東、標高80m余りの場所にあるグスクですが、
現在は石油ターミナル内となっていて進入出来ません。
「ぐすく」によれば石積み遺構などは確認されておらず、
聖域としてのグスクと見られているようです。
しかし南山滅亡後にフェンサグスクから落ち延びた
四郎樽金によって築かれたとする伝承があるようです3)琉球王国の真実 P118
平安座西グスク 平安座 平安座集落北、島のほぼ中央部でもっとも高い位置である
標高115m余りの場所にあるグスクですが、
現在石油ターミナル内となっていて進入出来ません。
野面積みの石積みで築かれ、
二つの郭からなっているのだそうです。
伝承によれば
高花按司によって築かれたと云われているようです。
高花按司については
浜川按司の次男4)沖縄のグスクめぐりとする物と望月(茂知附)按司の弟5)琉球王国の真実 P117とする物があるようです。
ナチジングスク 屋慶名 2009/4/1 詳細は個別ページにて。
野グスク 与那城 2009/4/1 詳細は個別ページにて。
ナーグスク6)角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図 不詳 「分布図」にその他の記載はありません。野グスクと同一のグスクとも思われます。
宮城グスク7)ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧 不詳 詳細不明。

参考

ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島
沖縄県埋蔵文化財センターGIS遺跡地図(現沖縄県地図システム)
与那城町の遺跡(与那城町教育委員会)
琉球王国の真実
沖縄のグスクめぐり

脚注

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1. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P1003
2. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県 P715
3. 琉球王国の真実 P118
4. 沖縄のグスクめぐり
5. 琉球王国の真実 P117
6. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県:グスク分布図
7. ぐすく:グスク分布調査報告書―沖縄本島及び周辺離島:未確認のグスク一覧

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