豊見城グスク
とみぐすくぐすく
| 所在地 | 豊見城市豊見城 |
| 分類 | 居城 |
| 築造年代 | 十四世紀末頃 |
| 築造者 | 汪応祖 |
| 主な城主 | 汪応祖、他魯毎など |
豊見城集落の北東、漫湖の南岸に築かれたグスク。
汪英紫の次男、汪応祖によって築かれたとされており、1403年南山王承察度没(亡命?)後に
汪応祖が王位に就くと息子の他魯毎が豊見城按司となります。
1414年、逹勃期により汪応祖が弑されると、他魯毎は南山緒按司とともにこれを破り、自ら南山王に即位します。
その時豊見城按司を置いたと考えられますが、詳細は分かっていません。
1429年に尚巴志によって攻め落とされたと考えられますが、伝承では南山滅亡後も抵抗を続けるも尚巴志の計略により落とされたとしています。
戦前までは野面積みの城壁やアーチ門が残されていたそうですが、戦災や戦後の採石で破壊されて遺構は残っていません。
それでも豊見城城址公園として整備されていましたが、2003年に休園したため現在は進入も出来ない状態です。
 | 東から見たグスク遠景 饒波川と国場川が合流する河口付近です。 これらの河川などに囲まれ、要害性が高いと言えそうです。 |
 | 北側、とよみ大橋付近から見たグスク遠景。 国場川の向かいは湿地の漫湖が広がっています。 |
 | とよみ大橋付近に建てられた豊見城ハーリー歌の碑。 爬竜船競漕(ハーリー)を最初に開いたのは汪応祖とされています。 |