沢岻グスク

沢岻グスク

データ

グスク名 沢岻グスク
読み たくしぐすく
別名 沢岻遺跡
所在地 浦添市沢岻
現況 住宅地、学校、沢岻拝所など
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 沢岻世之主?、金満按司?
種別 不詳(伝承では居城?)
構造物 拝所、拝井、古墓

記録

初回探訪年月日 2006/3/25
最終探訪年月日 2007/5/5
満足度(A-G) D 遺構などは残っていませんが、周辺に拝所などが残っています。
過去の記述
所在地 浦添市沢岻
分類 不詳(伝承では居城?)
築造年代 不詳
築造者 不詳
主な城主 沢岻世の主(?)
正式名称沢岻遺跡
浦添市沢岻の住宅地の崖下にあったといわれるグスク。
沢岻には沢岻世の主と呼ばれる按司がおり、沢岻の村立てをしたと言われています。
また、その息子の金満按司は農民に農具を配ったと言う伝承があります。

概要

正式名称沢岻遺跡。
沢岻集落にある標高70mほどの高台上にあったグスクだそうです。

歴史

このグスクがいつ頃築かれたのか分かっていませんが、
沢岻には沢岻世の主と呼ばれる按司がおり、沢岻の村立てをしたと言う伝承があるようです。
また、その息子の金満按司は農民に農具を配ったと云われています。
周辺は昭和43年頃から宅地化が進み、「ぐすく」によれば昭和46年と54年に調査が行われています。
しかし前者の調査は調査報告書を発行されず、後者の調査が行われた時は手遅れだった模様です。
結果としては調査記録が残されないまま開発によりほぼ湮滅してしまったと言えます。
またグスク内にあった拝所は沢岻拝所に合祀されています。

感想

周辺に駐車できるスペーズが無いため、探索はグスク南側崖下と沢岻拝所に留まっています。
南側の古墓や祝女ガーがある辺りは湮滅を免れていて、いくらか雰囲気があります。
とはいえ、やはりどのようなグスクだったのか性質まで分からないまま開発されたのは残念に思います。

探訪記

2006/3/25

グスク南端付近の古墓 かつてのグスク域南端部にあった古墓らしきもの。上は住宅地です。
「安謝墓」と記された墓 右側の「安謝墓」とかかれた標柱。奥の古墓を示しているのでしょう。
「今帰仁代」と記された拝所(?) 左側にある「今帰仁代」と書かれた標柱。拝所でしょうか?。

2007/5/5

沢岻拝所 グスク東南にある沢岻拝所入り口。
グスクやその周辺にあったと思われる拝所は
宅地造成で立ち退きましたが、
昭和43年に合祀されました。
香炉 沢岻拝所に合祀されている香炉。
かつては殿やカーにあった物のようです。
祠 拝所が合祀された祠。左手側の拝所は御嶽。
右手側の拝所は根所です。
また、拝所の西側の墓地付近には
石積みがありましたが、
遺構かどうかは分かりません。
ノロガー グスク南側、古墓と沢岻拝所の間にある祝女ガー。
周囲の雑草が茂っているのため
カーそのものは確認できませんでした。
右手側には階段がありますが、
前の道が細くて駐車が難しいため登るのは断念しました。

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