佐敷グスク

佐敷グスク

データ

グスク名 佐敷グスク
読み さしきぐすく
別名 上グスク
所在地 南城市佐敷佐敷
現況 つきしろの宮
築造年代 12世紀末1)沖縄の名城を歩く
築造者 苗代大親(思紹)
主な城主 苗代大親、巴志
種別 居城
構造物 拝所、郭、石積、説明板

記録

初回探訪年月日 2005/9/3
最終探訪年月日
満足度(A-G) D 拝所、郭など以外の地上遺構はあまり確認していません。
過去の記述
所在地 南城市佐敷佐敷
分類 居城
築造年代 14世紀
築造者 苗代大親(後の尚思紹)
主な城主 苗代大親・巴志

三山を統一した巴志(尚巴志)の父親である。
苗代大親(なわしろうふや)が築いたグスクです。

概要

佐敷グスクは佐敷集落南、標高約50mの丘陵上に築かれたグスクです。
琉球を統一して第一尚氏王統を打ち立てた佐敷按司思紹、巴志親子の居城として知られていますが、近年の調査により土のグスクである事が判明したようです2)沖縄の名城を歩く

歴史、伝承

屋蔵大主~苗代大親

第一尚氏は伊平屋島の屋蔵大主から始まると云われています。
屋蔵大主の子である佐銘川大主は伊是名島へ配され、伊是名グスクを築いて居城とするも後に脱出して国頭を経て佐敷の馬天にたどり着き、そこで暮らしていた所大城按司と縁があり、その娘を娶って一男一女を儲けます。
その男子が苗代大親と云われています。

苗代大親による築造

苗代大親はグスクの東、苗代に居を置いていたと云われています。
そこで人望を集めた大親は大城按司より佐敷を与えられ、佐敷按司と称するようになったと云われています3)沖縄のグスクめぐり
その際に苗代から佐敷に居を移しグスクを築いたと云われています。
グスクを築いた時期との前後関係は不詳ですが、大親はグスクの位置に隣接して居を置いていた4)沖縄の名城を歩く美里子の娘を娶っています。
後に三男一女を儲け、その長子が巴志と云われています。
巴志の生年は1372年と云われ、1392年に苗代大親は按司の位を譲ったと云われています。5)新琉球王統史 3

大里攻略後

按司になった巴志は交易などで力を蓄え、10年経った後に島添大里グスクを攻略したと云われています。
その際に巴志は佐敷から大里に居を移したとされていて、グスクとしての役割を終えたと見られているようです。6)沖縄の名城を歩く
そして1406年の中山攻略、1429年の琉球統一へ至るとされています。

感想

上記の通り、このグスクから琉球統一が始まったと言える訳ですが、訪れた際には土のグスクと言うことは(多分)判明していませんでした。
そのため巴志の居城だったと言う割には小規模で遺構の少ないグスクという印象でした。
ただ後の調査で、複数の郭に土塁を巡らせたグスクと分かった模様です。
従来よりも広範囲がグスク域と見られているようですので、いつか再訪してみたい所です。

探訪記

グスクのふもとにある鳥居 グスクの麓にある鳥居。
目印です。
グスク内 グスク内は遺構はほとんどありませんが手入れがされていて散策はしやすいです。
石段跡 石段跡。

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脚注

   [ + ]

1, 2, 4, 6. 沖縄の名城を歩く
3. 沖縄のグスクめぐり
5. 新琉球王統史 3

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