グスク・グスク時代用語集

グスク・グスク時代用語集

グスクやグスク時代に関する用語集です。
管理人の確認できる範囲で掲載しておりますので
今後も加筆、訂正などを行っていきます。
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行

あ行

按司

あじ、あんじなどと読みます。
なかには「世の主」と呼ばれる場合も
沖縄において文化が進むにつれ按司と呼ばれる権力者が増えました。
按司は聖域であったグスクを石積みで囲い、それを拡張したと考えられています。
尚氏による統一以前は按司達に割拠されていたと言われ、
英祖、察度と言った「王」も実際は浦添按司で按司の中では大きな力を持つ存在だったと見られています。

石積み

沖縄のグスクは程度の違いはあれど大抵の場合は石積みで囲われ、これが本土の城との大きな違いの一つです。
石はほとんどの場合、入手が容易な琉球石灰岩が用いられ、また用材が豊富な事から石積みが多く築かれたとも見られています。
石積みは大抵は城壁として使用されていますが、中には用途が不明なものもあります。
石積みは時代によって異なり、初期は野面積み、後期は切石積みが主流です。

御嶽

うたき
沖縄に於ける聖域のことで崇拝の対象。
多くの御嶽は集落において村建てをする際にその地域の神を祀ったものと言われています。
本来は一集落に一つ、大抵は山や森などに置かれて簡単に拝めるものではありませんでした。
その御嶽に祀った神を集落側で拝めるようにしたものが殿神アサギです。
集落側には殿か神アサギが置かれ、御嶽に対して1対1で対応しています。
中には沖縄の神話・伝説に基づく御嶽もありますが、これらの御嶽とは別になります。

か行

カー

漢字では井泉などと書きます。
拝井泉(ウガミガー)と呼ぶ場合もあるようです。
実際に水があるものは少なく、ほとんどが井戸跡と言えます。
大城森グスクのカー
拝井泉跡(大城森グスク)

神アサギ

本島北部などで良く見かけます。
祭祀などで御嶽を神を降ろすための場所と言われています。
殿と似た役割を果たしています。
根謝銘グスクの神アサギ
神アサギ(根謝銘グスク)

切石積み

石積みの一種。
石を加工して積んでいるのが特徴でグスクが発達したグスク時代後期に使われたと見られています。
糸数グスクの城壁
切石積みの城壁(糸数グスク)

グスク

グスクとは参照。

グスク時代

グスクが築かれたと言われる時代。
一般的には三山時代以前(11世紀頃から13世紀頃)を指しますが、
広義では第二尚氏の尚真王時代辺り(16世紀頃)までも含みます。

グスク内で平らに造成され、石積みなどで仕切られた区域。
本土の城では~の丸、という表現や、「曲輪」という字が使われる事もあります。
郭には何らかの施設(建物、住居、拝所など)があったと考えられますし、防御の為に作られた場合も多いようです。

虎口

グスクや郭の出入り口。
門がない場合に呼ばれるようです。
本土の城では防御上がなされている場合が多く、
沖縄でも石を積んで道幅を狭めると言った工夫がされた虎口があります。
泊グスクの虎口
虎口(泊グスク)

さ行

三山時代

沖縄の時代区分の一つ。
察度王統が始まった辺りから三山時代と呼ばれるが、それ以前が一つで分裂したわけではなく
いくつもの按司が淘汰されて三つ大きな勢力にまとまってきたと言うのが現在の定説です。
この時代もグスクは築かれ、広義のグスク時代に収まるものと思われます。

城壁

一般的に言えば城を取り囲む塀や柵といったところです。
沖縄では石積みの項で挙げた理由で石積みの城壁が発達しました。
具志川グスクの城壁
城壁(具志川グスク)

城門

グスクの門。
現在残っている城門はアーチ門が一般的ですが、
それらのグスクは後期のものでそれ以前は石積みを区切って門にしただけのものが多いようです。
しかし糸数グスクは櫓門だったとも言われており、他にもそういった城門が存在した事は考えられます。
糸数グスクの城門
城門(糸数グスク)

た行

単郭式

城郭の形状の一つ。
郭が一つしかないというシンプルな形で
形としては発展途上のものと思われます。
城郭型のグスクでは少数で伊波グスクが代表的といえます。

中山

三山の一つ。
察度王が中山王の冊封を受けてから呼ばれるようになりました。
察度王統は英祖王統までの勢力を引き継ぎ、浦添を中心に本島中部を支配したと思われますが
どの辺りまで支配下においていたかははっきりしていません。

梯郭式

城郭の形状の一つ。
最奥部を主郭として郭が一つずつ梯子のように連なっているもので、
グスクの中では勝連グスクが当てはまります。

天孫氏

琉球の神話時代の王統。
国を作った神であるアマミキヨの長子が初代の王となってその後二十五代続いたと言われていますが
その名前は一人として伝わっておらず、伝承上のみの存在と言われています。
中山世鑑によれば一万七千八百二年続いたのだそうです・・・
二十五代目の王が逆臣の利勇に殺害され、それを倒して王になったのが琉球最初の王と言われる舜天です。
グスクの中には天孫氏によって築かれたと伝わる物もありますが、判然としないと言う事でしょう。

殿

とぅん
拝所の一種(?)
役割は神アサギと同じで、御嶽に祀った集落の神を降ろして祭祀を執り行う場であったと考えられています。
神アサギど同様にグスクの内外に存在し、一つのグスクに複数の殿が置かれている場合もあります。
その場合は周囲に複数の集落があったと考えられます。
小禄殿
殿(小禄殿・小禄グスク)

な行

南山

三山の一つ。
糸満で勢力を誇っていた大里按司が明から冊封されてからの呼称です。
中山に次ぐ国力を持っていたようですが、王の他に王淑を名乗って明と交易した汪英紫が存在し
さらに王位争いが起こるなど、王の力は強くなかったようです。

布積み

石積みの一種。
角型の切石を用いて、地面と平行に積み上げたもの。
グスクの技術が発達した頃に用いられ、尚氏による統一後に用いられたのではないかと思われます。

野面積み

石積みの一種。
最も古いタイプの石積みで、取り出した石をそのまま積み上げただけのものです。
技術的に単純なため使用されている割合は多いです。
野面積み
野面積み(志喜屋グスク)

は行

北山

三山の一つ。
今帰仁按司を滅ぼした羽地按司が明からの冊封を受けてからの呼称です。
本島北部を収めていました。
面積は広いですが、山林が多く人口も少ないため国力は三山で一番低かったようです。

堀切

グスクに少数設けられた防御施設。
グスクのある尾根の一部を掘り下げて敵を防ぐものです。
役割や作りは本土の物と同じですが、沖縄ではごく少数で名護グスクや根謝銘グスクなどで見られる程度です。
堀切
堀切(名護グスク)

ま行

や行

ら行

輪郭式

城郭の形状の一つ。
主郭を中心に同心円状に郭を配置したもので、グスクの中では安慶名グスクしか確認できていません。

連郭式

城郭の形状の一つ。
主郭を中心に複数の郭が繋がったものです。
城郭型のグスクの多くがこの形状です。

わ行